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時間旅行ムナカタ第67回「新修宗像市史と宗像の仏像」

更新日:2021年7月29日

 『新修宗像市史』専門部会の活動から

 現在、編さん事業が進んでいる『新修宗像市史』。今後、市史編さん事業についての情報発信を継続的に行っていきます。今回は、『新修宗像市史』で大きく取り上げられている宗像の仏像について紹介します。

仏像は今も昔も人々にとって大切な存在

 仏像のような礼拝の対象というような大切な存在をつくるとき、人はできる限り立派に、美しく作ろうとします。仏像には、それぞれの時代や地域の信仰だけではなく、美意識や造形技術の粋まで映し出されます。また、古文書や遺跡などと違う角度から歴史や文化を考えることができ、文化財としても大切な存在です。

 宗像の仏像調査は明治時代から始まり、その中で注目された作例は、早くから重要文化財、県や市などの指定文化財にされています。

さまざまな宗像の仏像

 有名なものに、吉留の八所宮が管理する長福寺(長宝寺)観音堂にある、平安時代前期に造像された神秘的な十一面観音立像(県指定)をはじめとする古像群があります。また、吉田の鎮国寺には、平安時代後期に造像された、おおらかな忿怒(ふんぬ)相を見せる秘仏の不動明王立像(重文)や、鎌倉時代に造像された凛々(りり)しい姿をした宗像五社本地仏(ほんじぶつ)(県指定)が祀(まつ)られています。

 仏像ではありませんが、宗像大社神宝館にある色定(しきじょう)法師坐像(興聖寺蔵・県指定)は、鎌倉時代の仁治2年(1241年)に、裸体につくり実際の衣を着せるという珍しい手法で造像されています。

 中国の宋から鎌倉時代に渡来した、石造狛犬(重文)なども見逃せません。宗像大社や八所宮などの有力な神社の周りに重要な古仏が存在していること、海外と結びついていることなどは、まさに宗像の特色のように見えます。

『宗像市史』を受けて生まれ変わる『新修宗像市史』

 これらのような著名な古作を核としながら、宗像の仏像について寺院や御堂をくまなく調査し、初めてその全貌を浮かび上がらせたのは、宗像市に住んでいた仏教美術の大家・平田寛先生(1931から2013年)です。調査の成果は『宗像市史』の中に残されています。おかげで私たちは、宗像の仏教文化が平安時代以降、脈々と個性的な繁栄を見せてきたことを知ることができます。

 大変な手間をかけ、充実した調査を行って刊行された『宗像市史』。ただし前回の市史の主な対象は合併前の宗像市域でしたので、『新修宗像市史』では新生した宗像市の全域をあらためて調査することで、まだ知られてない作例に光をあて、新しい輪郭を描き出してみたいと考えています。同時に従来知られている作例も、一歩深めて考えてみたいです。宗像の信仰と造形の世界の個性や豊かさを、より鮮明に実感してもらえるよう努めていきます。

(新修宗像市史編集委員・井形進)

 

  • 長福寺(長宝寺)観音堂 木造十一面観音立像の画像

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