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時間旅行ムナカタ第13回「海の道むなかた館で安昌院の高麗仏を展示」

更新日:2021年7月28日


海の道むなかた館で展示される安昌院の高麗仏

海の道むなかた館で展示される安昌院の高麗仏

本年度、このコーナーでは、むなかたの歴史と魅力を市民のみなさんに紹介するため、今月28日(土曜日)にオープンする「海の道むなかた館」の取り組みなどを紹介していきます。今回は、展示品解説です。

館の展示は、「海の道」をテーマにむなかたの歴史を紹介する「常設展示」と、テーマを絞って展示する「特別展示」(開館時のテーマは沖ノ島祭祀〈さいし〉前夜)があります。その中で、常設展示室の中心には期間を限定して、海の道のシンボルとなるさまざまなものを展示する予定です。オープン時のシンボル展示は、安昌院の高麗仏(こうらいぶつ)です。

安昌院は大島にある曹洞宗の寺院です。今から20年前、NHKの大河ドラマ「炎立つ」で取り上げられ、前九年の役(1051年から1062年)で奥州(現在の東北地方)の覇者となった清原氏に敗れて配流(流罪)となった安倍宗任の邸宅跡とされています。

安昌院は、安部宗任が朝夕に拝んでいた念持仏の薬師如来を祭って建立したといわれています。高麗仏は銅像で高さ38・4センチ、正面を向き右足を上にして足を組む結跏趺坐(けっかふざ)という形をし、一部には鍍金(ときん)も残っています。

いったい、この仏様と館の展示テーマ「海の道」との間にはどのような関連があるのでしょうか。

この仏様は、九州北部から山口県の日本海側沿岸部にかけて広く分布するもので、今から700年から800年前の高麗時代後期(13世紀から14世紀)に朝鮮半島・高麗で製作された金銅仏の一つと考えられています。

高麗は、10世紀から14世紀にかけて朝鮮半島に存在した国です。仏教は王族によって支援され、保護を受けました。その中で、安昌院の高麗仏も制作されたと考えられます。

また、高麗はチンギスハン率いるモンゴル帝国の支配を受け、鎌倉時代に元軍が日本に二度にわたって侵攻した元寇にも関与したといわれています。

中世の大島は、宗像大宮司家が掌握した水軍の拠点で、中世宗像の海外交易の拠点の一つでした。大宮司家は、宗像大社の神宝館に展示されている阿弥陀経石(あみだきょうせき)や宋風狛犬(そうふうこまいぬ)に見られるように、大陸と積極的に交易をしていたことが知られています。朝鮮半島で製作された安昌院の仏様も朝鮮半島との交易を示すものとして貴重かつ重要なものです。このようなことから、今年3月26日に県の指定有形文化財として指定されました。今回のシンボル展示は、この指定記念も兼ねています。

今回、久しぶりに大島を離れ、海の道むなかた館で展示する安昌院の高麗仏。この機会に、海の道むなかた館へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

(文化財職員・山田広幸)

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このページに関する問い合わせ先

教育部 世界遺産課
場所:海の道むなかた館
電話番号:0940-62-2600
ファクス番号:0940-62-2601